1947年福岡県生まれ、ボートレースライター歴52年。
「競艇専門紙・ニュース」を経て、現在は「マンスリーBOATRACE」のライターとして執筆活動のほか、
レジャーチャンネルおよびボートレース場のYouTube番組でレース解説、BTSで舟券塾を定期的に開催。
1961年6月22日生まれ、山口県小野田市(現山陽小野田市)出身。
48期生として本栖研修所に入所。山口支部所属として81年5月にデビュー、2020年9月のレースを最後に引退。
★通算成績>出走回数:8,207回、1着回数:2,880回、優勝:142回(うちSG7回、GI48回)
★獲得賞金>29億4144万6172円 歴代2位(2020年10月1日時点)
★SG成績>出走回数:1,505回、優出47回、優勝7回
★SG獲得タイトル>
1984年 浜名湖/笹川賞(ボートレースオールスター)
→22歳10ヵ月で優勝。この最年少優勝は服部幸男選手に塗り替えられたものの(21歳9ヵ月/92年平和島ダービー)、デビュー3年1ヵ月の最速記録はまだ破られていない。
1987年 平和島/全日本選手権(ボートレースダービー)
1988年 多摩川/全日本選手権(ボートレースダービー)
1990年 戸田/全日本選手権(ボートレースダービー)
1992年 浜名湖/MB記念(ボートレースメモリアル)
2004年 福岡/総理大臣杯(ボートレースクラシック)
2010年 蒲郡/MB記念(ボートレースメモリアル)
業界に衝撃を与えた、
今村豊の浜名湖SG制覇
浜名湖メモリアルVは通過点。
成長の糧となる饒舌さ
あっせん確定!今年の
メモリアルメンバーについて
今村:浜名湖の第11回オールスター(84年)は、3回目のSG出場だったので少し雰囲気に慣れていたというか、先輩の小林嗣政さんと福永達夫さんが一緒でしたから。心強かったですよ。
それに浜名湖は広くて波もなく、走りやすい水面という印象。私はレース場の好き嫌いを持たないほうですが、敢えて言わせてもらうなら、好きな水面でした。水質は海水と淡水が混ざり合う汽水で、夏場になると水が蒸発するせいもあってかなり塩分が強くなる印象。塩分濃度が濃くなると浮力が付いて海水のレース場に近い感覚でターンができます。広い上に走りやすいとくれば、僕のように全速ターンを武器にしていた選手には有利ですね。
桧村:浜名湖のオールスターの優勝は、6コースから。最年少SG覇者というのも衝撃的でしたが、スタートのやり方も他の選手とは随分違っていて、初めて見た時はビックリしました。「水すまし」というやり方ですね。
今村:「水すまし」のスタートは、定時定点の基本を忠実にやっただけなんです。
桧村:夏場は冬と真逆の風で、遠州灘からの風のため正確に言うと斜め向風になります。冬の追風ほど強く吹かないので水面が波立つことはなく、遠州灘の水分を含むので夏場なのに湿気があります。真っ正面からの風だとスタート勘の修正は比較的楽ですが、斜めになると強さなどで微調整が必要。スタート勘の良い選手は修正ができるんです。スタートが決まっていない選手は、誰かを頼りにするのでトップスタートは厳しいのでは?
今村:湿気を含んだ向い風はインの選手にとって厳しい条件です。スタートが難しくなる上に、出足関係も弱くなります。インのスタートが届かず、ダッシュ勢の出番が増えるのでないでしょうか。かえって曇日で無風ならインが決まるかもしれません。僕はどんな条件でも全速でスタートを決められるようにしていましたよ。
桧村:昨年8月のコース別データを調べてみると、1コースの1着率は50%を割っています。同じ時期の全国平均が54.5%と比較すると「インが弱い」という結論です。インが弱くなった分、3コースが強くなっていますね。4コースのカド戦について言えば、まくりとまくり差しが半々で、差しはほとんど決まっていません。やはり向い風の影響が強く出るということです。昨年のデータに向い風という条件をつけるとインの1着率は47.6%まで下がります。夏場の浜名湖はイン絶対ではないと覚えておきたいですね。
桧村:浜名湖ではオールスターのSG初優勝から8年後、今度はメモリアルで優勝します。優勝戦にはまた、石塚さんと荘林さんが乗っています。石塚さんは静岡を代表する選手で、「スタートは遅く、ゴールは早く」がモットー。よく他の選手のことや整備のことを喋ってくれました。今村さんもレース場では饒舌で有名でしたね。
浜名湖 第38回MB記念(メモリアル) 優勝戦結果
着 | 枠 | 選手名 | 年齢 | 現住所 | 進入 | ST | タイム |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 今村 豊 | 31 | 山口 | 3 | 09 | 1.47.7 |
2 | 2 | 荘林 幸輝 | 37 | 熊本 | 4 | 04 | 1.49.7 |
3 | 4 | 瀬尾 達也 | 32 | 徳島 | 5 | 06 | 1.50.9 |
4 | 3 | 中塚 善博 | 43 | 徳島 | 2 | 07 | - |
5 | 6 | 石塚 憲明 | 49 | 静岡 | 1 | 17 | - |
6 | 5 | 牧野 俊英 | 41 | 静岡 | 6 | 10 | - |
●2連単:1-2 580円 ●決まり手:差し
今村:少しでも早く先輩に名前を覚えてもらうためです。山口支部の小林さんや福永さんはもちろん、整備士さんとも話しました。
何か教えて欲しい時、整備のアドバイスをもらいたい時に、普段から会話している人と、ろくに会話もしていない人、どちらを手伝おうと思いますか? 自分から話しかけることで関わりを作るのは、大切なことですよ。
桧村:2010年の蒲郡・56回メモリアルで2回目のメモリアルV。最後のSG優勝です。
今村:僕の中では記憶に残るレースの一つです。あのシリーズは仲口博崇選手のモーターが出ていて、真っ向勝負では勝てないかも、と思っていました。1号艇だったので、差されたら勝負にならない。差させないことだけを考えて、レースに臨みました。
優勝戦は③中島孝平選手がスタートを決めて出て行きましたが、1マーク手前の気配で「(中島選手が)差しに来るな」とわかりました。まくりの気配はなかったですね。1マークで絶対に差させない、完璧なターンができました。自分が思い描いたターンができたという点で、記憶の残るレースでした。
浜名湖 第56回MB記念(メモリアル) 優勝戦結果
着 | 枠 | 選手名 | 年齢 | 現住所 | 進入 | ST | タイム |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 今村 豊 | 49 | 山口 | 1 | 17 | 1.46.8 |
2 | 4 | 仲口 博崇 | 38 | 愛知 | 4 | 16 | 1.48.3 |
3 | 5 | 今垣光太郎 | 40 | 石川 | 5 | 16 | 1.49.3 |
4 | 6 | 平本 真之 | 26 | 愛知 | 6 | 14 | - |
5 | 3 | 中島 孝平 | 30 | 福井 | 3 | 14 | - |
6 | 2 | 濱野谷憲吾 | 36 | 東京 | 2 | 25 | - |
●2連単:1-4 750円 ●3連単:145 2,490円
●決まり手:逃げ
今村:優勝戦は「勝てる」と思った瞬間から、変な緊張をします。荘林さんはSG優勝していませんが、19回も優出するんだから勝てるはずなんですよ。でも「勝たなければ」と思うほど緊張する。既にSGを勝っている選手はリラックスしてレースに臨める。緊張のMAXを100とすると、それを80にするのか、50にするのか、30にするのかで結果は違ってきます。
私はSGで7回優勝していますが、勝てると思って走ったレースは1回もありません。「エンジンも出ていて、これなら勝てる」と思ったレースは勝てていませんよ(苦笑)。
桧村:以前のメモリアルは開催施行者が決めていましたが、最近は各レース場からの推薦と開催施行者の希望で決まります。各レース場からの推薦をもらうには、地元で実績を残しておかなければなりません。
今村:山口県には徳山と下関ボートがあるので、つねに2つのレース場で実績が必要です。どんなレースでも全力投球というのが僕のスタイルですが、地元戦は力の入り方が違っていました。推薦された以上は、それに応えたいという気持ちが強くありましたね。出場する選手全員、地元を代表して来ているので、気持ちの入り方は他のSGとは違っているように思いました。
そんな中で、自分のペースをいかにして崩さずにいられるかが大切です。SGの実績のない若手が地元推薦で出場することがあっても、居場所がない感じが見受けられます。期待に応えたいという気持ちと、経験のない世界に入ってしまったという緊張感で、普段のレースができないのは当然でしょうね。SGの優勝戦でも初めて優出した若い選手は、優勝戦の当日になると、外から見ても緊張しているのがわかりますよ。
桧村:今村さんにとって、浜名湖はSG初優勝の水面ですね。それも22歳10ヵ月という、スピード優勝です。
今村:最年少優勝は服部幸男選手(21歳9ヵ月・92年平和島ダービー)に破られましたけど、デビュー3年1ヵ月の最速記録はまだ破られていません。
桧村:22歳10ヵ月でのSG初優勝は大きな話題になりましたが、それほど驚きはありませんでした。「予定よりも早く獲ったな」という感覚でしたね。ほとんどの記者がそうだったと思います。デビュー期にA級になってすぐ中国地区選に出場し、「とんでもない新人が出た」と評判になっていましたから。
取材で児島に行った時に見た、全速ターンは衝撃的でした。他の選手が止まって見えました。
今村:浜名湖の第11回オールスター(84年)は、3回目のSG出場だったので、少し雰囲気に慣れていたというか、先輩の小林嗣政さんと福永達夫さんが一緒でしたから。心強かったですよ。
当時は先輩、後輩の関係が厳しかった時代でした。朝5時に起きてやかんでお湯を沸かし、先輩が起きたらすぐにコーヒーを出すのは若手の大切な仕事。先輩の好みも知っておかないといけません。
一方、モーター整備やプロペラは、先輩が見てくれていました。「先輩がやってくれるものに間違いはない」と信じて、レースに臨んでました。
桧村:浜名湖はオールスターが初めてでしたか。
今村:いや、それまでに1回走っています。広くて波もなく、走りやすい水面という印象を持っていました。私はレース場の好き嫌いを持たないほうですが、敢えて言わせてもらうなら、浜名湖は好きな水面でした。
業界に衝撃を与えた、
今村豊の浜名湖SG制覇
浜名湖メモリアルVは通過点。
成長の糧となる饒舌さ
あっせん確定!今年の
メモリアルメンバーについて